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東京高等裁判所 平成4年(行コ)86号 判決 1994年1月27日

控訴人 氏家税務署長

代理人 松村玲子 寺島進一 ほか三名

被控訴人 有限会社ササヌマ

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  申立て

1  控訴人

主文と同旨

2  被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一である(ただし、原判決三枚目裏六行目「比較較量」を「比較考量」に改める。)から、これを引用する。

(控訴人の主張の補足)

1  酒税法一〇条一〇号該当事由について

右一〇号後段にいう「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当するか否かを判断するには、申請者の経済的基盤と並んでその人的要素が重要であり、経営の衡に当たる者が何びとであり、その者によって当該酒類販売業の健全な継続的、安定的経営が行われ、もって酒税徴収の安定に寄与することが期待できるかということが問題となる。

そして、免許取扱要領は免許を与える場合の人的要件として「酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認められるものが主体となって組織する法人であること」(同要領第三、1、(1)、イ、(イ))と定め、その判定基準として「免許を受けている酒類の販売業の業務に直接従事した期間が引き続き三年以上である者、調味食品等の販売業を三年以上継続して経営している者」等を挙げている。本件申請時被控訴人の代表者である笹沼英男は右の要件を充足しておらず、同人は本件申請に当たり右要件を充足している山本が取締役に就任し被控訴人の経営に当たる旨の書類を提出し、控訴人の調査に際してもそのような説明をしていたが、実際には山本は被控訴人の経営にはほとんど関与していないものであった。しかし、控訴人が本件申請について審査をし本件処分を行った当時、控訴人は被控訴人の右のような虚偽の記載等のため、右のような実態を知ることはできず、被控訴人の申請内容に沿って人的要素の判断をしたものであるから、山本が被控訴人の経営に関与する者であることを前提としてした本件処分における控訴人の判断には何ら違法はない。

また、被控訴人の代表者である笹沼英男は、本件申請につき右のように虚偽の形式を整え、偽りの手段によって免許を取得しようと図ったものであるのみならず、本件処分を争う際には臆面もなく山本が被控訴人の経営に関与していたことを否定する主張をするという不誠実な態度をとっているものであって、右笹沼が健全な安定的経営を行う能力にも疑問があるというべきである。

2  酒税法一〇条一一号該当事由について

(一) 右一一号にいう需給調整上の要件の審査における税務署長の判断は、基本通達及び免許取扱要領の示す運用上の判断基準に従ってする裁量判断であるが、控訴人の属する関東信越国税局管内においては、一般に申請小売販売地域における世帯数及びその推移、既存小売業者の合計酒類販売数量の状況及びその推移、右既存業者の個々の営業の状況並びに申請者の販売見込数量その他の事情を総合的に検討してその判断をしており、本件処分も右のような事情を総合的に検討して判断したものである。

(二) 被控訴人の事業形態はコンビニエンスストアであり、国道四号線沿いの店舗であるが、酒類は一般にいわゆる買回り品ではなく、一般食料品等と同様いわゆる最寄り品であって、国道沿いのコンビニエンスストアの酒類販売の顧客でも周辺地域の住民がほとんどであり、他の地域からの通行客が購入する例はごく僅かであるから、本件処分における需給調整上の要件の審査について右(一)のような事情を考慮したことは相当というべきである。

三  証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  酒販免許制度の合憲性について

1  憲法二二条一項は、何人も公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有する旨規定しており、国民の基本的人権の一つとして職業選択の自由を保障しているが、同条項は狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由をも保障しているものと解される。そして、酒税法九条一項は、酒類の販売業をしようとする者は、販売場ごとにその販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならない旨規定して、酒販免許制度を採用しており、右制度は職業の自由を制約するものである。

ところで、職業の自由に対する規制措置の憲法二二条一項適合性は、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されるべきものである。そして、その合憲性の司法審査に当たっては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきであるが、一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである。

また、憲法は、租税の納税義務者、課税標準、賦課徴収の方法等については、すべて法律又は法律の定める条件によることを必要とすることのみを定め、その具体的内容は法律の定めるところにゆだねているが、租税法の定立については、その特質からして国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。

したがって、酒販免許制度のように租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法二二条一項の規定に違反するものということはできないというべきである(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八二九ページ参照)。

2  酒税法は、酒類についていわゆる間接消費税である酒税を課することとするとともに、その賦課徴収に関しては、酒類製造者にその納税義務を課し、酒類販売業者を介しての代金の回収を通じてその税負担を最終的な担税者である消費者に転嫁するという仕組みを採り、これに伴い、酒類の製造及び販売業について免許制を採用している。酒税法は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要から、このような制度を採用したものと解される。

酒税が、沿革的に見て、国税全体に占める割合が高く、これを確実に徴収する必要性が高い税目であるとともに、酒類の販売代金に占める割合も高率であったことにかんがみると、酒税法が昭和一三年法律第四八号による改正により、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のためにこのような制度を採用したことは、当初は、その必要性と合理性があったというべきであり、酒税の納税義務者とされた酒類製造者のため、酒類の販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税の負担の円滑な転嫁を実現する目的で、これを阻害するおそれのある酒類販売業者を免許制によって酒類の流通過程から排除することとしたのも、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた合理的な措置であったということができる。その後の社会状況の変化と租税法体系の変遷に伴い本件処分当時においては酒税の国税全体に占める割合等は相対的に低下するに至ったことがうかがわれる(<証拠略>によれば昭和六三年度当初予算案において酒税の国税収入に占める割合は四・五パーセント)けれども、前記のような酒税の賦課徴収に関する仕組みはなお合理性を失うに至っているとはいえないと考えられるのみならず、酒税は、本来、消費者にその負担が転嫁されるべき性質の税目であること、酒類の販売業免許制度によって規制されるのが、そもそも、致酔性を有する嗜好品である性質上、販売秩序維持等の観点からもその販売について何らかの規制が行われてもやむを得ないと考えられる商品である酒類の販売の自由にとどまることをも考慮すると、本件処分当時においてなお酒類販売業免許制度を存置すべきものとした立法府の判断が、前記のような政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとまでは判断し難いといわなければならない(前掲最高裁判決参照)。

3  しかし、酒販免許制度が職業選択の自由に対する規制措置として合憲であるといい得るためには、更に、酒類免許制度の下における具体的な免許基準との関係においても、その必要性と合理性が認められるものでなければならないというべきである。

そこで、本件処分の理由とされた酒税法一〇条一〇号及び一一号の免許基準について検討する。

まず、一〇条一〇号は、免許の申請者が破産者で復権を得ていない場合その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合に、酒類販売業の免許を与えないことができる旨を定めるものであって、酒類製造業者において酒類販売代金の回収に困難を来すおそれがあると考えられる最も典型的な場合を規定したものということができ、また、一〇条一一号は、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため酒類の販売免許を与えることが適当でないと認められる場合に同免許を与えないことができる旨を定めており、同号は、酒類の需要については一定の小売販売区域内においては酒販業者の営業努力によっては克服することの困難な一定の限界があると考えられるところから、申請者の販売地域内における酒類の需要量に比して酒類販売業者が濫立することにより過当競争を招き、経営不安定となる販売業者が生じて酒類製造業者において酒類販売代金の回収が困難となるような事態が発生することを防止しようとする趣旨の規定というべきであるが、これらの基準はいずれも酒類の販売免許制度を採用した前記のような立法目的からして合理的なものということができる。また、右各号の規定が不明確で行政庁の恣意的判断を許すようなものであるとも認め難い。

そうすると、酒税法九条、一〇条一〇号及び一一号の規定が立法府の裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるということはできず、右規定が憲法二二条一項に違反するものということはできないといわなければならない(前掲最高裁判決参照)。

三  酒税法一〇条一〇号該当事由について

1  基本通達が、酒税法一〇条一〇号後段に規定する「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」とは「事業経営のために必要な資金の欠乏、経済的信用の薄弱、製品または販売設備の不十分、経営能力の貧困等、経営の物的、人的、資金的要素に相当な欠陥があって、事業の経営が確実とは認められない場合」をいうと定めていることは当事者間に争いがないが、同号の立法趣旨、同条に定める他の免許拒否事由や酒税法の他の規定及び酒販免許制度の目的等からして、右規定の文言の解釈につき右基本通達の採る立場は合理的で相当なものということができる。右の点につき、被控訴人は破産者に準じる程度の信用の欠如を要すると解すべきであると主張するが、同規定の文言上からしても、酒販免許制度の目的との関係からしても、被控訴人主張のように著しく限定して解決することは相当ではない。

2  <証拠略>によると、被控訴人の代表者である笹沼英男は、かつて家電店を個人で経営していたが、昭和六〇年六月、本件申請にかかる販売場所在地の自己所有の土地建物において、大手のコンビニエンスストアのグループであるセブンイレブンのフランチャイズ店を開店したこと、笹沼英男は、同年一二月、妻のサヨ及び菊地英夫とともに、資本の総額を一〇〇万円とする被控訴人会社を設立し、以後、被控訴人が右店舗建物を笹沼英男から賃借してコンビニエンスストアを経営していること、その後、被控訴人の資本の総額は、昭和六三年七月に三〇〇万円に、本件処分後の平成元年二月に五〇〇万円に増額されていること、被控訴人の実態は、笹沼英男及びサヨによる小規模の同族会社であることが認められる。

3  そして、控訴人の主張1(二)の(1)、(2)の事実(被控訴人の第一期ないし第四期の決算状況、第四期は短期決算を組んでいること、第三期または第四期に店舗賃借料や役員報酬が減額されたこと、右減額がない場合には被控訴人は依然未処理損失金を抱えたはずであること)及び被控訴人が前田酒販との間でコンサルタント業務契約を締結し右契約に基づき同社に顧問料として六五〇万円を支払い、これが決算書上前払金として処理されていることは当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、被控訴人と前田酒販との間の右契約は、前田酒販において被控訴人が酒販免許を取得することを促進、指導し、これに対し被控訴人が顧問料一三〇〇万円を二回に分割して支払うというものであり、被控訴人は、酒販免許を取得したときは、五日以内に残額六五〇万円を支払う旨の約定となっていることが認められる。

4  右2及び3の事実によれば、被控訴人の各事業年度の収支決算状況は、第一期及び第二期においては損失金を計上し、第三期には被控訴人店舗の賃借料を減額したことによりようやく一〇万六三六四円の利益金を計上したもののなお一五七万〇八七七円の未処理損失金を抱え、第四期には決算の期間を四か月に変更して短期決算を組み、賃借料を減額したまま据え置いた上、代表取締役笹沼英男及び取締役笹沼サヨの役員報酬を減額して利益金を計上し、前期の未処理損失金を補填したが、賃借料及び役員報酬を減額しなかったとすれば、依然として一五六万二二四六円の未処理損失金を抱えていたものと認められ、また、<証拠略>によれば、右の賃借料及び役員報酬の減額をし、短期決算を組んだのは、被控訴人において酒販免許の取得を目的として作為的に被控訴人の経営状況が良好であるような体裁を整えるためにしたものであることがうかがわれる。

そして、<証拠略>によれば、被控訴人は本件申請について提出した上申書においても、本件申請に対する調査の際にも、第二期のうち昭和六二年九月ころから昭和六二年三月ころにかけて被控訴人店舗前付近の国道の側溝、歩道等の工事が行われ一時的に顧客が減少したことが第二期の赤字決算の原因である旨述べていることが認められるほか、被控訴人代表者本人も同旨の供述(原審)をしているが、<証拠略>によれば、昭和六一年八月から昭和六二年一月の間における毎日の売上げは昭和六〇年八月から昭和六一年一月の時期と比較してさほど大きな違いはないこと、被控訴人代表者は右供述において、右工事期間中は売れ残りの不良品の廃棄分が増加したため営業経費が増大し、利益が上がらなかった旨述べるが、<証拠略>によれば、売上高に対する売上総利益の比率は第一期三〇・〇パーセント、第三期二八・一パーセント、第四期二八・三パーセントに対し、第二期は二八・〇パーセントで大差がないことからすれば、右工事期間中の顧客の減少が第二期の赤字決算の原因である旨の右各証拠はにわかに採用できないといわなければならない。

また、<証拠略>によれば、被控訴人の第二期の売上高は二億〇六八二万七一九〇円、売上総利益は五七九八万一六六八円、第三期の売上高は二億五一〇三万四八三七円、売上総利益は七〇五五万一四七五円、第四期の売上高は九一七五万三二六三円、売上総利益は二五九五万四三二七円となっており、第三期は第二期と比べて売上高、売上総利益とも増加していることが認められるが、第三期の売上総利益が一二五六万円余り増加しているのに、当期利益は一二八万円余増加したのみであり、第四期における次期繰越利益は一七万九七五四円にすぎないことがうかがわれ、前田酒販に対して支払った顧問料六五〇万円の償却及び後払分の六五〇万円の捻出は被控訴人にとって大きな負担であることが明らかである。

また、被控訴人は有限会社であるから、その経営の基礎に関する要件は被控訴人自身について判断すべきものであり、被控訴人の代表者の資産、信用の状況は必ずしも直ちに右判断について斟酌すべき事情とはいえないが、<証拠略>によれば、被控訴人代表者である笹沼英男は矢板市東町に土地二四六八平方メートル及び建物五棟を所有し、平成元年度の右不動産の固定資産評価額は約三五〇〇万円であるものの、右不動産には既に極度額三〇〇〇万円の根抵当権が設定されていることが認められるので、被控訴人代表者に被控訴人会社のため十分な資金を調達する能力があったとは認め難い。

以上の点からすると、被控訴人は、本件処分当時、酒類販売店経営のために必要な資金的要素に相当の欠陥があり、確実な経営は見込まれない状態にあったとされてもやむを得ないというほかはない。

5  また、前田酒販に経理部長として勤務していた山本が被控訴人の取締役となっていることは当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、免許取扱要領では、酒類小売業免許の申請者の人的要件として、法人の場合には「経験その他から判定し、税務署長が酒類の小売業を経営するに十分な知識及び能力を有すると認める者が主体となって組織する法人であること」と定め、右の「経営するに十分な知識及び経験を有すると認める者」の判定基準につき免許を受けている酒類の販売業の業務に直接従事した期間が引き続き三年以上である者、調味食品等の販売業を三年以上継続して経営している者等を挙げていること(同要領第三、1、(1)、イ、(イ))、笹沼英男は、本件申請当時、右人的要件の基準を充たしていなかったこと(ただし、同人は昭和六三年六月には調味食品等の販売業を三年以上継続して経営している者に該当することになったので、本件処分当時には、その点の要件は充たすに至っていた。)、そこで、同人は、右要件を形式的に充足させることを目的として、本件申請の代理人であった前田酒販と相談の上、右人的要件を充たす山本を昭和六二年一二月三〇日開催の被控訴人臨時社員総会において被控訴人の取締役に選任し、昭和六三年一月七日その就任の登記を経由し、本件申請に際しては、山本は前田酒販において一〇年一〇か月酒類小売の業務に従事したことがあり、被控訴人には昭和六二年一二月から勤務していて常勤で販売、仕入れを担当する旨の記載のある書類を添付して申請をしたこと、同年二月一八日本件申請の審査のための調査に被控訴人の店舗を訪れた関東信越国税局及び氏家税務署の係員らに対し、山本は自分は不定期の出勤であり、被控訴人からの給与は現在はまだもらっていない旨述べたものの、笹沼英男は酒類免許が下りた後山本に給与を支払う予定である旨述べたこと、しかし、実際は、山本は被控訴人の経営に関与したことはなく、原審においては、被控訴人代表者本人も、山本には本件申請が認められるまでの間役員でいてもらうが、被控訴人が免許を取得すれば辞めてもらうことになっていた旨供述していること、山本は、本件処分当時、昭和六二年分の市県民税七万六三八〇円のほか昭和六三年分の同税のうち納期が到来した二万六三〇〇円を滞納していたことが認められる。

そうすると、山本は本件申請について被控訴人が免許取得のための人的要件を充足しているかのような形式を整えるため、一時的に名目的に取締役に就任したにすぎないものというべきであるが、本件処分当時控訴人はそのことを知ることができず、しかも、控訴人に対しては山本は被控訴人の販売、仕入れを担当する者として説明されており、被控訴人の役員の中で唯一の酒類販売に関する知識経験を有する者であったのであるから、本件処分において控訴人が被控訴人の経営の人的要素の判断をするについて山本について検討したのは当然のことであって何ら異とするに足りないというべきであり、また、山本について前記市県民税の滞納の事実から遵法精神に欠け、健全な経営を行う能力にも問題があると判断したことも首肯し得るところというべきである。

さらに、被控訴人の代表者である笹沼英男は、本件申請につき右のような虚偽の手段を弄して免許を取得しようと図ったものであるから、そのこと自体同人の遵法精神及び健全な経営を行う能力に疑問を抱かせるものであるとすることも首肯し得るところである。

6  以上のところからすれば、控訴人が本件処分当時被控訴人について経営の資金的、人的要素に相当な欠陥があって事業の経営が確実とは認められないと判断したことは合理性があるというべきであるから、被控訴人が酒税法一〇条一〇号後段の「経営の基礎が薄弱であると認められる場合」に該当するとした本件処分における控訴人の判断に違法はないといわなければならない。

四  酒税法一〇条一一号該当事由について

1  酒税法一〇条一一号にいう「酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要がある」の意義について基本通達に控訴人の主張1(一)にいうような定めがあることは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、免許取扱要領では、酒類小売業の免許の付与は、<1>申請販売場の小売販売地域内に所在する全酒類小売業者に販売場から、その地域の小売基準数量の一〇倍以上の数量の販売実績を有する大規模な既存小売販売場を除外した残りの全酒類小売販売場の最近一か年における総販売数量に酒類消費量の増減率を乗じて算出される数量を、その販売場の数に申請販売場数を加えた数で除して得た数量が地域毎に定められた小売基準数量以上であること、<2>申請時に最も近い時における申請販売場の小売販売地域内の総世帯数を、既存小売販売場数に申請販売場数を加えた数で除して得た数が地域毎に定められた基準世帯数以上であることを各号のいずれかに該当する場合に限ることとし、ただし書(以下「本件ただし書」という。)において、これらの要件に合致する場合であっても、既存の酒類販売業者の経営実態又は酒類の取引状況等からみて、新たに免許を与えるときは、酒類の需給均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあると認められる場合は免許を与えないこととする旨の運用指針を規定していること、本件申請に係る販売場の属する小売販売地域では、右の小売基準数量は年間二四キロリットル、基準世帯数は二〇〇世帯とされていることが認められる。

右のように、免許取扱要領は、酒税法一〇条一一号の需給調整上の要件の判定基準につき、基本通達の前記の定めを受けて、免許の付与と小売基準数量と基準世帯数のいずれかの要件に合致する場合に限るとともに、これらの要件に合致する場合であっても本件ただし書に該当する場合には免許を付与しないこととしているが、前記のような同号の立法趣旨及び酒類免許制度の目的等からして、同号の運用基準として基本通達及び免許取扱要領の定める右の内容は、いずれも合理的で相当なものということができる。小売基準数量及び基準世帯数の要件はいずれも極めて形式的な基準であるから、これらの要件のみによることなく、本件ただし書が既存の酒類販売業者の経営実態、酒類の取引状況等の諸事情を考慮して、申請者に新たに免許基準を付与すれば酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあるか否かを実質的に判断すべきものとしていることも同号の立法趣旨からして首肯し得るところであり、一概に小売基準数量又は基準世帯数のいずれかの要件を充たす申請に対しては、原則として免許を付与すべきであり本件ただし書の適用は慎重にすべきものであると解することは相当ではない。

2  そこで検討すると、<証拠略>によれば、本件申請に係る販売場の小売販売地域内に所在する小売販売場は七場であるが、小売基準数量の一〇倍以上の数量の販売実績を有する販売場はないこと、右七場の合計酒類販売数量は昭和六二年においては二三万一八四六リットル(対前年比一〇〇パーセント)であるが、昭和六〇年においては二三万五七七五リットル、昭和六一年においては二三万一七九七リットル(対前年比九八・三パーセント)であって横ばいの状態であること、同小売販売地域内の昭和六三年一一月一七日現在の世帯数は一四九五世帯であることが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分は採用できない。

したがって、本件申請が許可された場合の小売販売地域内における免許後一場当たり販売見込数量は二八・九八一キロリットル、免許後一場当たり世帯数は一八七世帯となり、本件申請は、免許取扱要領に定める基準世帯数の要件は充たさないが、小売基準数量の要件は充たしていることとなる。

3  <証拠略>によれば、酒税法一〇条一一号の需給調整上の要件の審査において、控訴人の属する関東信越国税局管内の税務署長は一般に<1>申請小売販売地域における世帯数及び<2>その推移、<3>既存小売業者の合計酒類販売数量の状況及び<4>その推移、<5>右既存業者の個々の営業の状況並びに<6>申請者の販売見込数量その他の事情を総合的に検討して判断をしていることが認められる。そして、本件申請の場合、右<1>、<3>及び<4>は前記2のとおりであり、本件申請に係る小売販売地域における酒類の消費量は頭打ちとなっているが、<証拠略>によれば同販売地域の世帯数の推移(<2>)は各年一〇月一日現在において昭和六一年は一四一九世帯、昭和六二年は一四六八世帯(対前年比一〇三・五パーセント)、昭和六三年は一四九五世帯(対前年比一〇一・八パーセント)と同様に横ばい状態であること、同販売地域の既存業者七者七場の平均営業所得は年間二五〇万円程度であり、うち四者の販売数量は同販売地域の小売基準数量である二四キロリットル未満の零細業者であって既存業者の経営状況(<5>)は必ずしも良好とはいえず、被控訴人の販売見込数量(<6>)六七・六〇九キロリットルは右零細業者四者の合計販売数量に匹敵することが認められる。

4  被控訴人の事業形態はコンビニエンスストアであるが、<証拠略>によれば、被控訴人の店舗と同様国道四号線沿いにある他のコンビニエンスストアの例でも、店舗の顧客全体としては通行客がかなり見られるものの、酒類の販売の場合の顧客はそのほとんどが周辺地域の住民であり、他地域からの通行客が購入する例はごく僅かであることが認められる。したがって、本件申請につき前記需給調整上の要件を審査するについて被控訴人店舗の周辺地域の住民の需要を根拠として検討することには十分合理性があるというべきである。

5  以上のところからすれば、判示事項本件処分当時、控訴人が被控訴人に免許を与えることは被控訴人の店舗周辺の小売販売地域における酒類の需給の均衡を破り適当でないと判断したことには合理性があるというべきである。

被控訴人は、控訴人は本件処分をするについて、同一小売販売地域内の既存業者の酒類販売業と他の営業との兼業の有無、その営業形態、営業努力のいかん等の事情についても調査をすべきであったと主張するが、本件処分を行うについて控訴人が前記のような諸事情を検討して判断したことには合理性があり、妥当というべきであり、被控訴人主張のような諸点について調査しなかったからといって控訴人の判断が合理性を欠くとはいえないといわなければならない。

したがって、被控訴人に酒販免許を与えることは酒税法一〇条一一号に該当し適当でないとした本件処分における控訴人の判断には違法はないというべきである。

五  以上の次第であるから、本件処分の取消しを求める被控訴人の請求は理由がなく、これを認容した原判決は失当であり本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池信男 吉崎直彌 大谷禎男)

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